続・【SPIDDMな日々】
IDDMとは『インスリン依存型糖尿病』で、いわゆる1型糖尿病です。 その中でSPIDDMはわずかに自己分泌が残っている病態を言います。 本人は至ってお気楽極楽に構えてます!

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若年寄り
昨日はお墓参りとお不動さんへ行ってきました。

運転中ふと、そう言えばここのところ神社とかお墓とか病院しか行ってないなぁ、と思い「まるで年寄りだな、こりゃ。」と一人苦笑いしておりました。

そう言ったところ(病院除く)は以前から定期的に行ってたんですが、さすがにそれらだけってのはありませんわね。
元々幼い頃からよくお参りなどについて行っていたので自然な流れではあるんですが、病気と言うものが加速させた面は確かにあります。
まぁ、それ以前にすっかり出無精になったので他は出掛けないことが殊更目立つだけなんですが。


出無精になった割りにそう言ったところには積極的に出掛けるのは、一種の畏れなんでしょうかね。
実際にはゲームに必死になってるから出掛けないと言う面は多分にあるわけなんですが・・・。

でもやっぱりそう言った環境に幼い頃から接しているところも影響しているのでしょう。
いくら出掛けるのが面倒でも神社やお墓にはしっかりお参りするのは。
病状が悪化しないようにとか、これ以上病気に苛まれないようにとか、そう言ったお願いよりも日々の感謝の方が強いですし。

で、そう言った陰には祖母の影響が大きいわけです。


私の祖母は何もくれない人でした。
正確にはお年玉はくれましたけど、他の従兄のように折に触れお小遣いとかプレゼントとかそう言った物はありませんでした。
まぁ、一緒に住んでるし小学生の頃などは宿題の確認などやってくれましたから不満などなかったんですが・・・。

しかし、そんな祖母が何にも増して大きなものを与えてくれていることに気付いたのが中学生の頃でした。
クラブなんかで早く出掛ける時に見かける祖母はたいていお祈りをしていました。
仏壇や神棚に手を合わせ、私達家族の無事と健康を祈り、感謝してくれていたのです。

この時自分が大きな病気もなく健康で日々過ごせるのはこう言った気持ちの上に立っているんだと、もちろん中学生の私にそこまでの意識はなかったですが、そう言ったことを感じたのです。

それから時を経て今、そう言った感謝を日々念じている私がいます。
もちろん特定の宗教に帰依しているわけではありません。

しかし、祈りと言うか感謝と言うか、そう言った心、気持ちを紡いでこれているんだと思うと改めて祖母に感謝したくなるのです。
そう思うと、行動が年寄り臭くてもこれはこれでいいよな、と思えるから不思議なものです。
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